ファッションから読む現在『モードとエロスと資本』

モードとエロスと資本 (集英社新書)

モードとエロスと資本 (集英社新書)

流行というのはファンション業界が利益を得るためにメディアで煽ったりして意図的に作り出されるものだという人がいる。モチロンそういうものでもあるけれど、そこまで話は単純じゃない。消費者側にもファッション業界が提供するイメージを受け入れるための土壌が必要だからだ。

それは意図して作り出せない。どちらかというと景気や人々がもつ倫理観やジェンダー観に左右される。だからファッション業界がいくら煽っても時代にそぐわないものはスルーされるし、たとえ経済的に苦しくても民衆はいつも今の自分を表現するイメージを求めているものだ。

ファッションはいつもその時代を写している。だからファッションを見ればその時代がわかる。
「モードとエロスと資本」は2000年からの10年間をファッション誌研究者の目で観察したエッセイだ。
経済危機が人々の精神にどんな影響を与えたのか。恋愛観はどう変化したのか。モードを見つめると浮かび上がってくるものは、驚かされる事実でいっぱいだった。例えば、なんで若者のスーツが細いのかっていうこととか。

小さくなりたい男たち

草食系男子なる言葉が2008年頃出てきて、今はもうすっかり定着してしまった。かく言う僕もそんな中にカテゴライズされてしまっているようだけど、「あなたは草食系です」と言われるたびに自分の中の男性性みたいなのが否定されている気がして苦々しく感じてしまう。とはいえ自分が草食系であることを誰よりもわかっているのが僕なんだけれども。

今まではただメディアが増えていると叫んでいるだけで、実は昔から草食系なんて存在してただろー。とか思っていたんだけども、どうやら本当に男性像は変化してきているようだ。街中を見ればわかる。男性の服が細くなってきているのだ。

ディオール・オムのクリエイティブ・ディレクターとして活躍したエディ・スリマンが世の男性の服を細くさせたという。また膝丈ショートや足首を見せるスーツスタイルを提案したトム・ブラウンの影響で、ここ最近は子供服のようなショートパンツや足首を出す八分丈パンツが流行っている。それだけじゃない、最近はストールやレギンス、花柄やピンク等の色使い、果てはスカートまで。女性のものと思われていたものが男性服として使われるようになった。

このように、二一世紀に入って男性のモードが向かっているように見えるのは、細身化、子供化、繊細化、女性化の方向なのだが、デザイナーの提案が空振りしていないのは、受け手の方にそのトレンドを受容したいという素地があるからだとも考えられる。

と著者も言うように、ファッションの流行はモードの世界だけで決められるのではない。受け手は確かに草食系になっているのだ。

クリーニングアップの時代

2000年代に起きた変化もまた、社会の激動に伴って発生したものであった。良心の誇示、倫理の支配、マンガになりきりたい願望、エロスの爆走、ブランドと激安品の併存、個を称揚するストリートスナップの興隆。これらは、地球環境をめぐる諸問題が大きく迫りくる中、右肩上がりを前提とする資本主義が行き詰まった結果、もたらされたファッション状況とも言える。

本書は男性の細身化以外にも上に挙げたような2000年代における様々なファッションの動向を扱っている。そしてそこからわかるのは、現代はいろんなところで本当に本当に今までにないほど大きな変化にさらされているということだ。そして今のような混沌とした状況を「クリーニングアップ」の時期ととらえるデザイナーもいるという。デザイナーのカール・ラガーフェルドは言う。

「世界のクリーンアップ(総整理)のようなものだと思っている。世界はどのみち腐敗しすぎていたので、いったんすっきりと総整理される必要があったのだ。経済不況は健康的なことだと思う。いやなことだが、健康にはよいことだ。世界にとってのミラクルトリートメントのようなものだね。」

東洋医学には「好転反応」という概念がある。漢方などを利用するとき初めに現れる予期しない激しい身体反応のことで、細胞が新しく生まれ変わったり、体内の有害物質を排出しようとしたり、血液やリンパの流れが活発になったりすることで、一時的に症状が悪化したように見える現象だ。
今の世界の現状も好転反応なんじゃないかと僕も思う。新しいコミュニティが組織されていき、いろんな社会問題が噴出し、世界を良くしようと動き回っているひとたちが今はいっぱいいる。経済不況は辛いけど、問題は山積みだけど、きっとこれから良くなっていくんだと思う。というかそう思いたい。「夜明け前が一番暗い」のだ。

ファッションを読むこと

ファッションに携わっている人たちの嗅覚って尋常じゃなく鋭い。それは僕らが具体的にとらえているものを再構築して、イメージとしてとらえているからだ。普段のほほんと過ごしているだけじゃなかなかそういう見方が出来ない。だからこそ時代の勘所を押さえて表現してくれるモードの世界の人々の見方をもっと知る必要がある思う。

著者の鋭い視点でものを見られる本書は、人々の意識がお金から倫理へと変化したこと、男性だけではなく女性も恋愛から遠ざかっていってるということ、高級ブランドと激安ブランドが並列に扱われていることなんかについても言及している。特に女性も恋愛から遠ざかっているという指摘は目からウロコで、男性の草食化はよくいわれているが女性も草食化しているとは。ファッションに興味がない人には気まぐれに変化しているだけに見えるモードの世界だけど、本当は世相を切実に反映している。だから興味がない人にこそ読んでほしい本だ。新鮮なオドロキが待っていると思う。



どうやらこちらが種本のようだ。そのうち読もう。

恋愛と贅沢と資本主義 (講談社学術文庫)

恋愛と贅沢と資本主義 (講談社学術文庫)