『ゴーストライター』


「相棒と呼んでくれた」
「名前を覚えていないからよ」


ゴーストライターとして雇われた男が、雇い主である元大統領と親しくなれたかと秘書に聞かれたときの会話だ。

彼の名前を覚えていないのは元大統領だけではない。主人公の名前は誰からも呼ばれることはない。主人公を演じたユアン・マクレガーの役名は「ゴースト」である。



名前のない主人公の代わりに何度も出てくるのがマイク・マカラという名前。主人公の前任者であり、序盤そうそう殺されてしまったこの名前の人物こそ影の主人公だ。

主人公はマイク・マカラの足跡をたどることで元大統領の自伝にまつわる謎の正体に迫っていく。


主人公の命が危険にさらされるシーンがほとんどないのにもかかわらず、終始観るものに緊張感を与えつづけるのはまさに巨匠のなせる技だろうか。

主人公が秘密のデータにアクセスした途端に鳴りひびく警報。主人公が自転車で出かけようとする姿をちらりと見やる屋敷の使用人。主人公をつきまとう車。主人公が重要人物に会いに行った際に後ろで電話でヒソヒソ話しているその人物の妻。

常に監視されているかのような不気味な視線を感じるものの、その正体は最後まではっきりしない。正体がはっきりしないというより正体など存在しないといったほうがいいだろうか。これらの視線は主人公が感じている不安感にすぎないのだ。

だが観客はそんなことを知るすべもなく、監督の生み出した静かなサスペンスに放り込まれるのである。